2017年12月5日火曜日

Hans Zimmer & Benjamin Wallfisch『Blade Runner 2049 Original Motion Picture Soundtrack』(2017)


http://www.bladerunner2049.jp/

「ブレードランナー2049」を観ました(2週間前に)。率直に言って、めちゃくちゃ良かったです。都市、廃墟、建物、瓦礫群の強い「画」が次から次へとくるし、長時間を感じさせないてんこ盛りなもてなしの良さもあるし、切なく染み入る強めの余韻もあるしで、ウェルメイド、かつブッ刺さるポイントのオンパレード。ビッグタイトルの続編であるということ、一本の新作であるということ、双方を成立させなければならないという無茶ぶりもいいところなオーダーをよくぞここまで、と、ヴィルヌーヴ監督には感謝しかないです。体裁もさることながら、フィリップ・K・ディックの作風やモチーフへの目くばせもあちこちにありました。一つだけ言っておくと、ディックが二卵性双生児の兄妹の片割れとして生まれた(妹は生後しばらくして死去)ということを知っていると、途中でハッとなると思います。先に公開された三本の短編(「ブラックアウト2022」「2036:ネクサス・ドーン」 「2048:ノーウェア・トゥ・ラン」)の存在も導入としての役割を見事に果たしていましたし、「大停電」という設定で旧作からのテクノロジー的断絶を設けたのは、未来図の限界を設定してしまったことにもなりますが、うまく効いていたと思います。生身の人間とアンドロイドの関係性にさらに高性能ホログラムも交わってくる構図にしたのも、ウォレス社製ヒューマンホログラムであるジョイのON/OFF時のリングトーンがプロコフィエフの「ピーターと狼」だったり、「正常性試験」でウラジミール・ナボコフの『青白い炎』(膨大な註釈と索引がついた999行の長編詩)の一節(704~707行)からの引用があったり、「動物」のモチーフなど、含みやくすぐりが多いのも楽しめました。


BLADE RUNNER 2049 (SOUNDTRACK) [2CD]
HANS ZIMMER & BENJAMIN WALLFISCH
EPIC (2017-11-17)
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 サウンドトラックは、「プリズナーズ」「ボーダーライン」「メッセージ」でヴィルヌーヴ監督とタッグを組んでいるヨハン・ヨハンソンが担当する予定でしたが、2017年7月にハンス・ジマーベンジャミン・ウォルフィッシュが追加スコアを手がけるという発表がされ、8月にヨハンソンの降板が発表されました。交代の経緯については、9月末のアル・アラビヤ英語版の記事でヴィルヌーヴ監督がコメントしていたのですが、制作の過程で最終的に前作のヴァンゲリスの作風に寄せる必要性を感じた監督と、ヨハンソンとの間で方向性が合わなくなったのが一因としてあるようです。とはいえ監督は「本当に素晴らしい作曲家だし、彼と再び仕事ができればと願っている」とコメントしており、完全に決裂したというわけでもなさそうです。また、ヨハンソン側は契約の関係でこの件についてのコメントができないことになっているようなので、そちらからの今後も言及はないと思われます。ジマーに話が持ち込まれたのは、2016年4月からの大規模コンサートツアーに出る直前だったとのこと。ウォルフィッシュは、ジマーのRemote Control Productionsにおいても近年とくに台頭著しいメンバーであり、近作では「ドリーム」「アナベル 死霊人形の誕生」「IT/イット “それ”が見えたら、終わり。」のスコアをメインで手がけているほか、クリストファー・ノーラン監督の「ダンケルク」におけるエドワード・エルガー「エニグマ変奏曲」のアレンジスコア「Variation 15」(オリジナルのエニグマ変奏曲が全14楽章であることを受けてのタイトル)も彼の手によるものです。


「EXCLUSIVE: Villeneuve reveals why he wanted David Bowie in Blade Runner 2049」
(from AlArabiya English|2017.09.28)

「Blade Runner 2049: How Hans Zimmer and Benjamin Wallfisch followed up the most influential sci-fi score of all time」
(from FACT MAG|2017.10.20)





 メロディをとことん排し、抽象の極北を往くシンセサイザー・ドローン(一部ではチェロとギターが参加)であり、降板したヨハンソンが得意とする作風にどこか寄りそった印象もあります。寄せては返し、叩きつけ、さらに渦巻く「Sea Wall」の音の壁は圧巻。一方で旧作の「Tears in the Rain」のカヴァーや、「Mesa」「Blade Runner」(エンドタイトル)など、ゆるやかに光が差しこむかのようにたち込める終盤のスコアのメランコリックなムードやモチーフは、監督のコメントにもありましたが明確にヴァンゲリスのイメージを踏襲した印象です。また、かつてヴァンゲリスは旧作のスコアにおいて盟友でありAphrodite's Childの個性派ヴォーカリストとして知られたデミス・ルソスを起用していましたが、本作の「Wallace」などで耳にすることができる、さながら幽冥の境に在るようなヴォーカリゼーションは、アカペラグループ Pentatonixの元メンバーであるアヴィ・カプランによるものであることを記しておきます。