2016年1月14日木曜日

良し悪し痛し痒しな2ndアルバム ― 上坂すみれ『20世紀の逆襲』(2016)

20世紀の逆襲(通常盤)
20世紀の逆襲(通常盤)
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上坂すみれ
キングレコード (2016-01-06)
売り上げランキング: 38,410



 現代最強の扇動者にして、ますますワイドレンジのサブカルチャー声優と化しつつある 上坂すみれ嬢の2ndフルアルバム。初回盤/通常盤アルバムジャケットを美樹本晴彦、丸尾末広、BAHI JDの三氏が描き下ろすという強力な話題性を引っさげての今作も、強力なコンポーザー/アレンジャー陣を迎えたシングル曲を軸にして、アルバムのための新曲を加えた構成となっています。全18曲のうち11曲が2014年~2015年に発表された3rd~6thシングルの楽曲であり、また、R・O・N氏によるEDMチューン"予感02" 、遠山明孝氏によるピアノアレンジ"革命的ブロードウェイ主義者同盟 (INST piano solo ver.)"の2曲は前作アルバムの流れを汲む楽曲であるので、インストゥルメンタルも含め、純然たる新曲はわずか5曲。「ベストアルバム的」「シングルの延長線上」というイメージが前作以上に強まっており、正直、アルバムとしての意義にますます乏しくなったな、と首をかしげざるをえませんでした。人脈がさらに広がったこともあり、結果的に前作以上にバラエティに富んでいますし、各シングル曲をバラけさせて配し、新曲をそこにブリッジする形で配するなどの工夫もある程度なされてはいますが、それでも「散漫」「寄せ集めた」という印象の方がどうしても勝ります。ヴィジュアルイメージも含めた「20世紀の逆襲」というコンセプトのねらいもわかりますし、上坂嬢の、周囲を巻き込んで盛り上げていく扇動者的なキャラクターを打ち出すがゆえにこういった構成に至るというのもなるほどわかるのですが、どっちつかずの痛し痒しなものになっています。また、シングルを逐一追いかけて聴いてきた身には、既発曲にちょい足しするだけではアルバムとしての面白味に欠けるなとも感じました。




 ……と、いきなり散々なことを書きましたが、あくまで一枚のアルバムとして総合して見た評価です。デビューから依然として超強力なシングルを立て続けに放ってきたという事実は間違いないですし、個々の楽曲はいずれもキャラ立ちした上で尋常ならざるクオリティを誇っており、語りどころしかありません。今回のアルバムで初めて楽曲に触れる方ならば、そのハイカロリーな楽曲群に圧倒されることうけあい。敬愛する大槻ケンヂ氏が作詞を提供し、COALTAR OF THE DEEPERSのNARASAKI氏が作曲を、Sadesper Record(NARASAKI & WATCHMAN)が編曲を手がけた"パララックス・ビュー"は、ヒリついたギターが鬼のごとく刻み、ファストなドラムがガスガスと決まる激烈なキラーチューン。タイアップしたアニメ「鬼灯の冷徹」にちなんで天国と地獄をテーマにしつつも、筋肉少女帯の"小さな恋のメロディ"の続編的な内容ともとれる詞も話題になりました。続く、和嶋慎治氏の作詞・作編曲、人間椅子の演奏による"冥界通信 ~慕情編~"は、いかにもドゥーミーな味わいの和風ハードポップチューンですし、松永天馬氏率いるアーバンギャルドの提供による歌謡チューン"すみれコード"は、「清く、正しく、美しく」をモットーとする宝塚歌劇団員がしてはいけない行動や使ってはいけない言葉の総称である「すみれコード」と引っ掛けた曲タイトルに、成就しそうにない恋を回転数の異なるレコード盤に例えた詞が乗ったヒネりのある一曲。





 パール兄弟のサエキけんぞう氏と窪田晴男氏の作詞&作編曲によるスタイリッシュなポップチューン"TRAUMAよ未来を開け!!"。エロティックな言葉遊びまみれの詞をノリノリで歌い上げるディスコ・ロック・チューン"Inner Urge"。谷山浩子さんの作詞で、誰かの変名説もウワサされた正体不明のロシア人 Леснойпутешественник(「森の旅行者」の意)が作編曲を手がけた、バヤンとバラライカがせわしなく奏でたてるタテノリのロシア民謡チューン"無限マトリョーシカ"。GEEKSのエンドウ氏の作編曲による行進曲調の"無窮なり趣味者集団"は、上坂嬢が初めて作詞を手がけたアジテーションソング。「セイントフォーが歌いたい」というすみれ嬢のリクエストに応えて前作アルバムで"哀愁Fakeハネムーン"を作曲したMONACAの岡部啓一氏が、惜しげもなくオケヒが鳴り響くド直球の90'sユーロビートをこしらえた"来たれ! 暁の同志"のてらいのなさには参りましたの一言。Elements Gardenの岩橋星実氏の作編曲による"閻魔大王に訊いてごらん" "罪と罰 -Sweet Inferno-"の二曲も流石にテンションが高く、扇情的ギターソロもぶち込まれ、ヘヴィロックを通り越してほぼメタルな貫通性あふれた仕上がり。対照的に、ポストロック/エレクトロ ユニット Spercsの牧元芳朗氏の作編曲による"ツワモノドモガ ユメノアト"は、しっとりとしたピアノバラードからエモーショナルなサビへと盛り上がっていくダイナミックな一曲です。





 新曲においても、ヘヴィロックバンドが出自のマルチコンポーザー 吟 (BUSTED ROSE) による"繋がれ人、酔い痴れ人。" "全円スペクトル"の二曲はメリハリもバツグンのミクスチャー感覚がほとばしる仕上がりですし、クリエイター集団「絶望ノ果てのクリシェ」が作詞・作編曲を手がけた、アルバムの序盤・中盤・終盤に配された全三章におよぶ一連のタイトルトラックは、いずれも二胡やストリングスの音色もフィーチャーしてのカッチリとしたシンフォニック・ロックとして首尾一貫しており、素晴らしい仕上がり。スキあらばツーバスを踏み込み、"第二章 ~蠱惑の牙~"では上坂嬢の語りのパートが入るなど、一見ストレートなようでトリッキーな趣向やアレンジで魅せてくれます。この謎の集団の存在は今作の収穫でしたし、今後の展開に興味を惹かれるところでもありました。あっと驚くコラボレーションのシングルリリースもいいのですが、それもいつかはある程度の飽和状態を迎えるであろうことは明白ですし、シングルと明確に差別化するような、よりコンセプトを追究した形の完全オリジナルアルバムもそろそろ聴いてみたいものです。


http://www.starchild.co.jp/artist/uesakasumire/


上坂すみれ「来たれ!暁の同志」「実録・2.11 第一回革ブロ総決起集会」特集
上坂すみれ「閻魔大王に訊いてごらん」&「80年代アイドル歌謡決定盤」インタビュー
上坂すみれ「Inner Urge」インタビュー
「上坂すみれ「20世紀の逆襲」特集 ロングインタビュー」
(from 音楽ナタリー)

上坂すみれ『革命的ブロードウェイ主義者同盟』(2014)
上坂すみれ『パララックス・ビュー』(2014)