2015年3月3日火曜日

コンポーザーとしてのジョン・カーペンターのエッセンスを凝縮 ― John Carpenter『Lost Themes』(2015)

Lost ThemesLost Themes
(2015/02/03)
John Carpenter

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https://itunes.apple.com/jp/album/lost-themes/id958493689

 『ジョン・カーペンターの要塞警察』 『ハロウィン』 『遊星からの物体X』 『ニューヨーク1997』 などなど、数多くの怪奇/ホラー/SF/スプラッター映画を手がける、泣く子も黙る存在 ジョン・カーペンター。監督、脚本、役者のみならず、コンポーザーとして自らスコアも作曲。低予算制作ゆえに必然的に自ら担当せざるを得なかった面もあるのでしょうが、それでも氏の楽曲には得がたい魅力があり、“ベンベン”とうなるベースラインは唯一無二ともいえるほどに大きな特徴になっております。『ゴーストハンターズ』(1986)では監督仲間であるニック・キャッスル、トミー・ウォレスとともにバンド Coupe De Villesを結成し、ニューウェイヴ感あふれる秀曲を制作。『ゴースト・オブ・マーズ』(2001)では、ANTHRAXやスティーヴ・ヴァイ、バケットヘッド(GUNS N'ROSES)、ロビン・フィンク(Nine Inch Nails)をフィーチャリングするなど、音楽面においても衰えぬ創作意欲をみせております。

 今年で御歳六十七歳を迎えた彼が、数十年に及ぶ自身のキャリアで初となるオリジナルアルバムを二月にリリースするとアナウンスし、大きな話題となったわけですが、それがこの『Lost Themes』であります。今から二年ほど前、ジョンと息子のコディ・カーペンターが数時間ほどビデオゲームで遊んだあとに、地下のスタジオに入って数時間の楽曲制作を行うということを繰り返していた時期があり、そのセッションで生み出されたマテリアルが元になったとのこと。その後、氏のもとにやってきた音楽関係のエージェントが、氏から受け取った楽曲をレーベルに持ち込み、トントン拍子で契約に至ります。ちなみに、リリース元であるSacred Bones Recordsは、デヴィッド・リンチのソロアルバム『The Big Dream』(2013)のリリース元でもあります。

 アルバムの制作にあたっては前述のコディのほか、ダニエル・デイヴィスが作曲・演奏・エンジニアリングで加わっています。この名前でピンとくる方もいるかもしれませんが、ダニエルはブリティッシュ・ロックのヴェテランバンド The Kinksのギタリストであるデイヴ・デイヴィスの息子です。ジョンはダニエルの名づけの親であり、育ての親でもあるのです。ちなみに、デイヴとジョンは長年親しい関係にあり、ジョンが監督を務めた「マウス・オブ・マッドネス」(1994)や「光る眼」(1995)のスコアでデイヴはプレイヤー/コンポーザーとして参加しておりました。ジョンいわく、ダニエルの音楽的才能は父親譲りなのだとか。





 アルバムの楽曲は全九曲。短いものでは三分、長いものでは八分ありますが、いずれもヒンヤリとしたシンセサイザーのシーケンスに、単音のメロディが乗り、ベンベンとうなるベースが入って、エレクトリック・ギターがジャーンと鳴る、エレクトロで少々ミニマルなインストゥルメンタル。つくりはいたってシンプルですが、どれもきっちりとジョン・カーペンターの刻印がみてとれる仕上がりです。"Abyss""Night"は、さながら「ゴーストハンターズ」や「ニューヨーク1997」のスコアのアウトテイクのような趣も感じさせます。映画スコアでもメロディアスなタッチは度々ありましたが、本作の楽曲は映像に付随するものではないということもあってか、イメージを喚起させるという以上に強くメロディを主張したものになっており、楽曲後半部で泣きの旋律をたっぷりと聴かせる"Domain"や、目の醒めるような冷たさを併せ持ったリリカルなメロディラインが胸を打つ"Mystery"は、まごうことなき名曲です。また、チャーチ・オルガンの音色が妖しく響き渡る"Obsidian"ではGOBLINに、淡々としたシンセサイザーとギターソロのうねりが心地よい"Fallen" "Wrath"ではTANGERINE DREAMにそれぞれ共鳴するかのような雰囲気も感じさせますし、息子コディのプログレッシヴ・ロック嗜好も多少なりとも反映されているのだろうなということがわかります(彼は自らLudriumというプログレ・バンドを率いて活動もしているのです)。コンポーザーとしてのジョン・カーペンターのエッセンスをそこかしこに感じさせる興味深い内容であるのはもちろんなのですが、なにより楽曲として素晴らしいのが大きなポイントでありましょう。氏のファンのみならず、映画音楽ファンやシンセサイザー・ミュージック、エレクトロ/アンビエント、そしてプログレッシヴ・ロックを好む向きにも十分にアピールできる一枚なのです。





 以下は余談になりますが、自伝/インタビュー本『恐怖の詩学 ジョン・カーペンター』(フィルムアート社/2004年刊)のなかで、氏が「ハロウィン」のスコアに触れている部分が興味深かったので、一部を引用します。

恐怖の詩学 ジョン・カーペンター―人間は悪魔にも聖人にもなるんだ (映画作家が自身を語る)恐怖の詩学 ジョン・カーペンター―人間は悪魔にも聖人にもなるんだ (映画作家が自身を語る)
(2004/11)
ジル ブーランジェ、 他

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“若いころ父が二個のボンゴを使って「四分の五拍子」を教えてくれたんだ。ほんとの話さ。たいていの曲は「四分の四拍子」、つまり四つの音符とその繰り返しだ。四分の五拍子というのは中途半端なんだよ。(中略)低予算の映画だったので、『ハロウィン』の音楽は三日で作らなければならなかった。それでこの曲を作ったんだが、基本的に一オクターブの曲で、それが半音下がる。反復的な曲なのでいつまでも演奏することができた。たいていのポピュラー音楽、たいていの交響曲やクラッシック音楽はこんな変なテンポは取らないので、観客はこれを聴いたらイライラする。少し高い強迫的な電子音を使ったのでなおさらだ。あの曲がキャラクターのひとつになったのは、あれ以外に使える曲がなかったせいなんだ。いまはもっといい曲を書いているが、あの簡単な小曲よりも忘れがたく人を惹きつけるものはもう書けないだろうね。変な話だろ?”
『恐怖の詩学 ジョン・カーペンター』(P111~112より)


「The 10 best film soundtracks, according to John Carpenter」- DummyMag
http://www.dummymag.com/lists/the-10-best-movie-soundtracks-ever-according-to-john-carpenter

 こちらは海外サイトに掲載された、ジョンが選んだ映画サウンドトラック十選のリスト。TANGERINE DREAMの『Sorcerer(恐怖の報酬)』のサウンドトラックが入っていて膝を打ちますが、バーナード・ハーマンが手がけたスコアがいくつも入っているところが興味深いなと思います。シンプルなメロディからスコアを作り上げていくハーマンの手法は、ジョンに強く影響を与えたということがうかがえます。

『Lost Themes』リリースに伴うインタビュー
John Carpenter: 新たな世界 - Resident Advisor
Horror Legend John Carpenter Discusses Making Cinematic, Spooky New Album ‘Lost Themes': Interview - IDOLATOR
John Carpenter Talks Debut Album 'Lost Themes' & Why Music Is Easier Than Directing - billboard.com

John Carpenter - Discogs