2015年2月21日土曜日

迷い込み、翻弄されるという至福。異なる二つの世界を繋いだ珠玉の幻想曲集 ― 悠木碧『イシュメル』(2015)

イシュメル(初回限定盤)(DVD付)イシュメル(初回限定盤)(DVD付)
(2015/02/11)
悠木碧

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 声優であり、アーティストとしても確固たる世界観を持つ悠木碧さんの1stフルアルバム。前作のミニアルバム『メリバ』では新居昭乃さんと保刈久明氏の黄金コンビとのコラボレーションが実現し、彼女たちとの共同作業によって自身の内面にある世界観をどう表現するかということにもより意識が注がれたこともあり、ひとつの転換点ともなった内容でした。ぜひとも次はフルアルバムのスケールで彼女の世界観をより広く味わってみたいという気持ちも高まっていたので、個人的にもまさに待望のリリースでありました。この日をどれだけ待ったことか! 初回限定盤には白と黒の二色のイメージを基調としたPVを収めたDVDに加え、60ページのヴィジュアルブックも付属しており、ファンタジックなイメージへのこだわりの一端をうかがえます。ちなみに、アルバムタイトルの「イシュメル」ですが、これは旧約聖書に登場する放浪者の宿命を背負ったイシュメールにちなんだ…というわけではなく、とくに意味はないそうです。彼女の飼い猫はアシュベルというのですが、もともとイシュメルと名づけられるはずだったものの、聞き間違えられてアシュベルにされてしまったのだとか。ある意味、受難といえば受難なのかもしれませんが。

 『世界征服~謀略のズヴィズダー~』のエンディングテーマ"ビジュメニア"、『彼女がフラグをおられたら』のオープニングテーマ"クピドゥレビュー"、ともにアニメタイアップとなった二枚のシングル曲も含む本作でまずポイントとなるのは、過去作での作詞でも名を連ねていた藤林聖子さんを全面的に起用し、悠木さんの持つファンタジックなイメージにしっかりとした統一感を与えているところではないかと思います。前述の二曲のタイアップソングでも、アニメのイメージと悠木さん本人のイメージをどう両立させるかというところで少なからず苦心があったようですが、藤林さんはその点を見事にクリアされておりました。悠木さんのヴィジョンを言語化できる彼女の存在はやはり大きいですね。

 アルバムの制作にあたっては、まず悠木さんがコンセプトの全体像を作詞家/作曲家へ提示し、先方から返ってきた詞と楽曲のデモをもとに、さらに悠木さんが肉付けしていくという、互いにインスピレーションとイマジネーションでもみ合った方式ですすめられていたようです。『メリバ』では"メリーバッドエンド"(必ずしも全てがハッピーで終わらない)を主眼にしたコンセプトを展開しておりましたが、今回のアルバムでは、今いる「人間世界」と、そことはまた別の基準をもった「スキマ世界」、そしてその間をつなぐ「ターミナル」を舞台に、一方が向こうに迷い込んだり、一方が向こうからちょっかいをかけてきたりといった、それぞれの世界に住む存在同士のおっかなびっくりな交流を描き出しており、一見スウィートなようで、どこかダークという、予定調和にならないポイントがあるメルヘン・ファンタジーという側面は本作でもしっかりと根付いております。また、前述のシングル曲を「ターミナル」にあたる楽曲としてアルバムに配しているというのは、コンセプトの統一感を図る上でも非常にうまいと思いました。



 アルバムオリジナル曲は、1stミニアルバム『プティパ』より参加しているbermei.inazawa氏と、"クピドゥレビュー"の作編曲者である、元ポメラニアンズの河原﨑亙(zakbee)氏、そしてtofubeatsも一目置いた気鋭のコンポーザー 辻林美穂tsvaci)さんの三人がメインとなり、各人が悠木さんのロリータ/ウィスパー・ヴォイスの特性を活かしたシンフォニックなアレンジの楽曲で色彩を与えております。ワルツやスウィング・ジャズに寄った曲調が多いのも、そのマッチングゆえでありましょう。複数のキャラクターを演じ分ける悠木さんのヴォーカルも印象的であります。辻林さんは「人間世界」にあたるイメージの楽曲を中心に提供されており、オーボエとピアノを主体にキラキラした音が散りばめられた夢心地のワルツ"SWEET HOME"や、ミステリアスなムードでスウィングする"迷宮舞踏会(ラビリンスボール)"、モンスターが人間世界へ思いを馳せる様を賑やかに描いたジャジーなポップス"Angelique Sky"、エレクトロ/アンビエント テイストのふんわりとしたスロウチューン"ロッキングチェアー揺れて"で、多様な魅力を味わわせてくれます。

 これまでの作品でも悠木さんとbermei.inazawa氏の相性のよさは特筆するべきものがありましたが、本作でも頼もしさを発揮されており、彼女の心強いパートナーであるという印象をより一層感じました。"アールデコラージュ ラミラージュ"は、まさにアール・デコさながらの華やかな装飾の音がめくるめく幻想曲。5/8拍子と6/8拍子を織り込んだメリハリの効いたアレンジもさることながら、Bメロとサビの目の醒めるような開放感、「Ya-Pa-Pa Ya-Pa-Pa~♪」というかわいらしいスキャットと時に魔性をのぞかせるヴォーカル、すべてが見事なバランスで噛み合っております。極上の世界観を演出したドリーミーなプログレッシヴ・ポップスと形容してしまいたくなる、そんなとんでもない曲でありました。本アルバムの核としてみならず、「悠木碧」というアーティスト、ひいては彼女の世界観を象徴するといっても過言ではないと思います。まばゆさでは続く"ビジュメニア"も同様で、「3/4テクノポップスカのオーケストラ和え」とbermei氏が述べていましたが、どこまでも清廉なイメージが眼前に広がる傑作です。ゆったりとした「間」の味わいを感じさせ、まさにスキマな幻想ピアノトロニカ"たゆたうかなた"と、幼いイメージのとろけそうなヴォーカルとシュッとしたエレクトロニカのコントラストのある"ソラミミPiZZiCATO"もたまらない趣向であり、いやはや、脱帽です。



 zakbee氏の"ダスティー! ダスティーストマック" "クピドゥレビュー"は、ハリのあるブラスサウンドもさることながら、おもちゃの音色、子供たちのコーラスなど、ドリーミーな趣向も効いたスウィング・ジャズ。氏がかつて在籍されていたポメラニアンズではレゲエ/ダブを取り入れたソフトなシティ・ポップ サウンドを聴かせておりましたが、心地よさに富んだノリのいいアレンジという点ではこちらでもバツグンであり、思わずこちらもノってしまうような楽しさにあふれております。なお、シングルB面曲であった"twinkAtrick"のみ、MANYO氏の作編曲です。霜月はるかさん、Annabelさん、Lizさんなど、数多くの女性ヴォーカリストと共に活動を行っている氏だけあり、幻想的なトーンにさらりとマッチングしたシンフォニック・ポップスというさすがの仕上がりです。



 イマジネーションをくすぐる仕掛けになっているのはもちろんのこと、彼女の作り上げる自由奔放な幻想世界に迷い込み、翻弄されるキャラクターたちの境遇を聴き手も追体験できるような、そんな一枚になっています。アルバムを聴いて改めて思ったのは、やっぱり彼女は世界観を作り込むのを楽しむ人なんだなと。なおかつ、自分の伝えたい「かわいい」価値観と尺度をどう魅せるかという気配りもしっかりと持っているなというところですね。いろんなキャラクターを演じたくて声優になったという彼女にとっては、歌手活動はオマケとしてではなく、声優活動のフィードバックも含めた表現行為のひとつなんだなと思います。そういった、彼女なりのアーティストとしての矜持も、このアルバムから感じとることができました。

―私が今感じていることや、目の当たりにしているモノの大きさや尺度や時間って本当に合ってるのかな? 別の見方をしてみたり、別の価値観の世界に行ってみたりしたら全然違う感じ方をするんじゃないかな? それこそ私にとっては恐怖の対象であるスキマの向こうには、実は愉快な世界が広がっているんじゃないかな? っていうことを考えるのって、私にとってすごく面白いことなので歌ってみたかったんです。

“悠木碧「イシュメル」インタビュー - 音楽ナタリー Power Push”


悠木碧1stフルアルバム『イシュメル』ロングインタビュー第1回
悠木碧「ビジュメニア」インタビュー - 音楽ナタリー Power Push

悠木碧|FlyingDog

悠木碧『メリバ』(2013)

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