2015年2月14日土曜日

芳醇な音と自由な演奏が時に対比し、時に溶け合う、異色のピアノ&バリトンサックス・デュオ ― 新垣隆、吉田隆一『N/Y』(2015)

N/YN/Y
(2015/02/11)
新垣隆 吉田隆一

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作曲家/ピアニストの新垣隆氏と、渋さ知らズやblacksheep、The Silenceなどに参加するバリトンサックス奏者 吉田隆一氏による新鋭デュオのデビューアルバム。クラシック/現代音楽、フリージャズのフィールドをメインにそれぞれ活動するふたりが昨年の春ごろの荻窪ベルベットサンでのジャズ・イベントをキッカケに意気投合し、デュオを結成してから、お披露目ライヴ、アルバムのレコーディング、そしてCDのリリースまでほぼ半年というスピーディな流れで制作された一枚。動向はリアルタイムで追っておりましたが、まずは記念すべきアルバムの発売を喜びたいですね。名器であるベヒシュタインのグランド・ピアノを丁寧なタッチで情感たっぷりに音を紡いでいく新垣氏と、バリトンサックス一本で芳醇な音色を滑らかに流れるように奏でる吉田氏、時にコントラストを成し、時に溶け合う両者の持ち味がふんだんに味わえる仕上がり。もちろん、デュオならではの妙味もそこかしこに感じられます。



アルバムは新垣、吉田それぞれの楽曲に、レコーディングの過程で生み出され、空気感とともに切り出された両氏の共作による即興曲、そして、"Embraceable You"(ジョージ・ガーシュウィン)、"Sophisticated Lady"(デューク・エリントン)、"怪獣のバラード"(東海林修)、"明日ハ晴レカナ、曇リカナ"(武満徹)のカヴァーを収録した、バラエティに富んだ内容です。新垣氏のオリジナル曲"秋刀魚"は、淡い季節感をどこか気だるげなメロディアスな演奏でゆったりと織り成してゆく、染みる一曲。吉田氏のオリジナル曲"野生の夢~水見稜に~" "皆勤の徒~酉島伝法に~"の二曲は、氏が偏愛するSF作品と作家へ捧げられたもの。フリージャズとSFをコネクトするというコンセプトの変則的ジャズ・トリオ blacksheepを主宰する吉田氏だけに、その入れ込みようもかなりのものです(なので、元ネタを知っているとよりニヤリとできるものにもなっております)。題材となっている「野生の夢」のエピソードが収録された水見稜『マインド・イーター』は、精神・肉体を蝕むM.E〔マインド・イーター〕の脅威との関わりを描き、思弁と実験を通して、人間や生命そのものに対する内面的な問いをも浮かび上がらせた有機的な連作集。ちなみに同作には、ソ連から亡命したピアニストと、黒人サックス奏者の出会いと別れを抑制されたトーンで描いた「サック・フル・オブ・ドリームス」という秀逸な短編もあり、"野生の夢"にはこのエピソードからのイメージも多分に汲まれているように感じました。そして、酉島伝法『皆勤の徒』は、泥海で占められた異形の世界で生産活動に従事するさまを、造語表現と肉肉しさと粘々しさで描いたグロテスクでどこかユーモラスな異形の“会社SF”。ともに傑作の誉れ高い作品を、方や反復と変拍子を伴い、聴き手の内奥へ踏み込んでいくかのようなシリアスなタッチで、方やスラップスティックなうねりのあるアップテンポの演奏で、イメージ豊かに描き出しております。カヴァーでは、細やかで軽快な楽しさが伝わってくる"怪獣のバラード"と、シンプルかつ端整なタッチでしっとりと"明日ハ晴レカナ、曇リカナ"、ともに合唱曲として知られる二曲のアレンジがとくに印象に残りました。



ピアノはもちろんのこと、バリトンサックスの響きがこんなに心地よいものだとはという驚きも含めて、至福の一枚。小難しいことは考えず、まずはこのふくよかな音の流れに身を任せてみるのをオススメいたします。また、タワーレコード限定で三曲のアウトテイクを収録した特典CDが付いてくるのですが、そちらもアルバム本編と遜色のない聴き応えのあるもの。"接続された女" "たおやかな狂える手に" "老いたる霊長類の星への賛歌"と、曲名がいずれもジェイムズ・ティプトリー・ジュニア作品からとられているところもミソですね。

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