2015年2月17日火曜日

先鋭と洗練、そして郷愁のハイブリッド・ジャズ。アルメニアの奇才ジャズ・ピアニストの第六作 ― Tigran Hamasyan『Mockroot』(2015)

World Passion-New Era-Red HailWorld Passion-New Era-Red Hail
(2011/12/19)
Tigran Hamasyan

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ティグラン・ハマシアンは、1987年生まれのアルメニア出身のジャズ・ピアニスト。幼少期よりピアノに慣れ親しみ、ロサンゼルスへ移住したのち、いくつものジャズ・コンペティションで入賞を重ね頭角を表し、17歳でデビューアルバム『World Passion』をリリース。以降、アルメニアン・フォークのエッセンスを織り込んだユニークな音楽性のアルバムをコンスタントなペースでリリースしている気鋭のプレイヤーです。ニューヨークを拠点に活動しているドラマーのアリ・ホーニグのバンドでもプレイし、同バンドでの来日公演も経て、昨年九月にはハマシアン・トリオでの来日も果たし、好評をもって迎えられました。コラボレーションにも熱心で、インドのパーカッショニストであるトリロク・グルトゥや、チュニジア出身の歌手/ウード奏者のダフェール・ユーゼフ、スウェーデンのジャズ・ベーシスト ラーシュ・ダニエルソン、アルメニア系アメリカ人であるSystem of A Downのサージ・タンキアンとも共演しています。


母国のフォークからの影響の一方、彼自身がTOOLやMeshuggahを愛聴し、またSigur RosやFlying Lotus、Skrillexなどの現在進行形アーティストの作品も積極的にインプットしていることもあり、近代のプログレッシヴ・メタルやポスト・ロック、エレクトロニカからの影響を感じさせる彼のジャズ・サウンドは非常にユニークな色合いを持っています。彼は幼少期に父のコレクションにあったLED ZEPPELINやDEEP PURPLE、BLACK SABBATH、QUEENを聴いて衝撃を受け、手近にあったおもちゃのギターでコピーに励み、スラッシュ・メタル・バンドのギタリストへの憧れも抱いていたそうな。その後、ジャズへと開眼し、セロニアス・モンクやバド・パウエルなどにのめりこむようになります。そして、キース・ジャレットの作品を通して、同郷の神秘思想家でもあるゲオルギイ・イワノヴィッチ・グルジェフの音楽と出会い、それが同時に母国のフォークへ目を向けるキッカケになったのだとか。ところで、キース・ジャレットやグレン・グールドがそうであったように、ハマシアンもピアノを弾きながら時にうなり、ハミングを重ねるのですが、これがまたフォーク由来のうねりを伴った旋律を奏でるピアノとマッチしているのですよね。


一作目『World Passion』(2006)、二作目『New Era』(2007)では、エキゾチックな色合いや細やかで複雑なキメの多用などもあったとはいえ、まだスタンダードなジャズのたたずまいを残しておりましたが、サウンドの方向性に驚くべき変化が現れたのが、“Aratta Rebirth”名義で発表した三作目『Red Hall』(2009)。メンバーを一新してのクインテット編成となったことに加え、Meshuggahのギタリスト フレドリック・トーデンダルに心酔する彼の嗜好がここにきて炸裂しており、ヘヴィなエレクトリック・ギターがリフを刻みまくるポリリズム&変拍子プログレッシヴ・メタルな楽曲から、人力ブレイクビーツと化したリズム隊の上を高速のパッセージで駆け抜けるエレクトロ・タッチの楽曲まで飛び出し、妖しい魅力を放つ女性スキャットも相まって、とんでもない異形のミクスチャー・プログレッシヴ・ジャズ・サウンドで度肝を抜くアルバムになっています。Verve Recordsへと移籍を経て、原点に立ち返り、彼の繊細な側面がよく出たピアノソロを聴かせる四作目『A Fable』(2011)を経て、五作目『Shadow Theater』(2013)では再びハイブリッドな方向性を展開。ヘヴィ・ロック/テクニカル・ジャズ・ロック的なアプローチや、エレクトロ的な音処理も加えて先鋭的な磨きをかける一方で、ヴォイス/コーラスの比重が高まり、どこか暖かみのある歌心のある仕上がりで、ティグランの懐の広さを改めて感じさせるものになっています。

MockrootMockroot
(2015/02/03)
Tigran Hamasyan

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以上、駆け足でこれまでのハマシアン氏のキャリアを追いましたが、現時点の最新作となる本作『Mockroot』は、Nonsuchへの移籍後第一作、通産では六作目となるアルバム。ティグランのピアノと、常連メンバーであるAreni Agababianのスキャットによるささやかなイントロダクション"To Love"を経て、ピアノとスキャットのトリッキーなユニゾンも決まる、変拍子のうねりで一貫した"Song for Melan and Rafik"へ。過去作でもそうですが、スキャットやボイス・パーカッションとバンドアンサンブルの絡みには、MAGMAやUNIVERS ZEROなどにも通じる暗黒チェンバー・ロックの世界観を感じます。ポリリズムとゴリゴリの低音、そしてダブステップ一歩手前のエレクトロ・アプローチも効いた"Double-Faced"の複雑怪奇な疾走感も格別のカタルシスに富んだ一曲。"Kars 1" "Kars 2"は、ともにアルメニアン・トラッドのアレンジであり、前者では舞踏的なメリハリをたっぷりと加え、ヘヴィに仕上げられております。大々的にスキャットをフィーチャーして、荒涼たるイメージのなかでドラマを感じさせる"The Roads That Bring Me Closer to You"や、美しいピアノ・バラード"Lilac" "The Apple Orchard in Saghmosavanq"といった、情感と美しい“間”を感じさせる楽曲がアルバム中盤を構成しているのもポイントでしょう。ポリリリズミックで激しいプログレッシヴ・メタル・アプローチの"Entertain Me"や、幾何学的グルーヴをひねり出す"The Grid"は、凡百のプログレ・メタル・バンドが裸足で逃げ出す迫力の楽曲。一見ストイックなようで、しなやかな弾力性と爽快感に富むこの感じ、ジャンルは異なれど、どこかAnimals As Leadersに通じるものがあるように思います。"To Negate"は、エキゾティシズムと不穏なムードを孕みながら強迫的な展開を繰り広げるさまがスリリング、かつ気の抜けない喰わせもの的な一曲。ラストの"Out of The Grid"は、もはや完全にチェンバー・ロックと化してヘヴィにのたうつ前半パートを繰り広げた後、あいだに一分弱ほどの無音を挟んで、ピアノとスキャットを主体としたしっとりとスロウな後半パート(シークレットトラック?)を展開するという妙な構成の一曲で〆。集大成的内容ともいえる前作のバランスのよさはそのままに、より洗練と情感的なアプローチに富んだ一枚だと思いました。いやはや、彼の現在進行形ジャズ・サウンドの旅路は、まだまだ類まれなる情景を見せてくれそうです。




http://www.tigranhamasyan.com/
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Tigran Hamasyan - TOWER RECORDS トピックス(2011.11.21)
「Tigran Hamasyan, the pianist giving jazz an Armenian twist」 - THE GUARDIAN
「An Interview with Tigran Hamasyan」 - NEXTBOP.COM